BUCK 65 “MAN OVERBOARD”

前作”VERTEX”の素晴らしい完成度で、BUCK 65は正式にカナダのみならず世界的なプロデューサー/MCとなった。彼は決して世界最高のリリシストでも、革命的なビート・メイカーでもないが、アルバムを単なる曲の集まりではなく一つの大きな塊として、大きな視野で全体を構築するその手腕は、彼を”ドープなラッパー”とか”優れたビートメイカー”といった紋切り型の評価から遠ざけている。因みにこのアルバムも、ラップ、プロダクション、スクラッチ、全て彼一人の仕業だ。

B級ホラー映画みたいなイントロで始まるこのアルバムは、基本的に前作と同じ方向性を持っている。神に懺悔する”PLASTIC BAGS”、自らの事について語る”UP THE MIDDLE”などは正にBUCK節。珍しくダンサブルな”YOU KNOW THE SCIENCE”は、世界中のDJ達への賛歌。ヴァイナル文化への彼の愛情が詰まった、最高の一曲。最高にエモーショナルなのが、”ICE”。乳癌で死んだ彼の母親への思いを切にライム、感動的だ。アルバム中で最も異色なのが、”ACHILLES AND THE TORTOISE”と”COLECO VISION”。両曲とも、細かいスキット的なモノやトラックで構成されたコラージュ。”ACHILLES AND THE TORTOISE”の前半はポエトリー、後半にはANTICONのコンピでお馴染みの”UNTITLED”が。勿論フレッシュだ。アルバムのベスト・カット”PANTS ON FIRE”は、ブルージーなトラックがとにかくドープ。誰でも一度は感じた事があるであろう、信頼についての疑念を語る。

トラック勿論どれもドープ。何より彼のプロダクションで素晴らしいのは、自分のラップがどんなトラックで最も映えるかを、熟知している点である。沈みまくった”PLASTIC BAGS”や”UP THE MIDDLE”のようなモノから、幻想的な”ICE”、”SECRET SPLENDOR”、ブルージーな”PANTS ON FIRE”、”YOU KNOW THE SCIENCE”のようなキャッチーなモノまで、どれも彼以外のMCがラップする事は考えられないようなトラックばかり。あと、当然のようにアルバムの端々に散りばめられたブレイクの数々も素晴らしい。

簡単に言うと、素晴らしい出来である。前作で完成をみた彼のスタイルの、きれいな延長線上にあるアルバムだ。リリック、コンセプト的に、前作より少し後退した感があるが、それでも素晴らしい作品である。