NAS “THE LOST TAPES”

そもそもは”I AM”と”STILLMATIC”に収められるはずだったと言うこれらの未発表曲は、ネットでかなり出回ったこともあって、その素晴らしさは囁かれていた。こうした、忘れられた傑作が今回まとめてリリースされた背後には、JAY-Zとのビーフ騒動のあと、ストリートの尊敬を取り戻そうという考えがあったのだろう。なんにせよ、マトモな音質で聴けるのは嬉しい。NAS最大の過ちは、ファンが何を彼に求めているかを、はっきり理解していなかった事だと思う。ドープなビートに、”ILLMATIC”なリリシズムさえあれば満足な訳だ。彼の力が落ちていなかった事は、このアルバムを聴けばよく分かる。

とにかく、どの曲も”ILLMATIC”以降の作品では最高レベル。NASが育った時代を当時の社会背景を織り交ぜライムする”DOO RAGS”、ハードボイルドなポエティック・ライムが炸裂する”NO IDEA’S ORIGINAL”、ストーリーテリングの最高峰”BLAZE A 50″、自らの苦悩を吐露する”DRUNK BY MYSELF”、矢鱈キャッチーなフックとは裏腹に、黒人社会を取り巻く問題を語る”BLACK ZOMBIES”などは特に、類稀な洞察力と知性、表現、詳細な描写に満ちている。これこそNAS。

このアルバムを強力に締めくくるのは2曲のパーソナルな曲で、父親についての”POPPA WAS A PLAYER”、母親に捧げた”FETUS”だ。特に”FETUS”は、NASが母親の子宮にいるところから生まれるまでをライムするという曲で、現代最高のリリシストの一人という称号に相応しいNASの姿が、久しぶりにここにある。

これでトラックも最高峰なら完璧だったのだが、やはり”ILLMATIC”と同等、もしくは超えているモノはない。別にダサいモノは一つもないし、アルバムの質を落とす類じゃないので文句は言えないか。