RICCI RUCKER & MIKE BOO “SCETCH BOOK”

ドキュメンタリー映画「SCRATCH」の中では、GRAND WIZARD THEODOREがスクラッチの生みの親で、GRAND MIXER DSTがHERBIE HANCOCKの”ROCKIT”でスクラッチを世間に広め、それに影響を受けたQ-BERTやMIX MASTER MIKEなどを筆頭とする世代がバトルシーンを盛り上げ、そして「ターンテーブリズム」という新しい音楽にまで発展したことが、歴史(DJ/スクラッチ)の大きな節目として紹介されている。

もしもこの映画に続編があるとすれば、必ずRICCI RUCKERの名前が紹介されるはずだ。スクラッチのテクニック、使うレコードのセンス、作曲能力の全てにおいて、彼のスクラッチDJとしての完成度は相当高い。特に、リズムが全く乱れない彼の正確なドラム・スクラッチは圧巻だ。まるでプログラムされているかのように聴こえるRICCI RUCKERのドラムは、キックとスネアの効いたヒップホップの質感を保っているだけでなく、変化に富んでいて最高にカッコいい。そして相棒のMIKE BOOも、そのターンテーブルに対する独特のアプローチで力みの無い、柔らかいスクラッチを奏でる、他のDJとは一線を画すスタイルの持ち主である。彼のソロアルバムのジャケットには黒い背景に、薄っすらと浮かぶ煙が描かれているが、中身の音楽もそのイメージと見事に合っている。RICCIとMIKEは、自分のスクラッチに対して明確なイメージを持っているという点で、冒頭で挙げたようなスクラッチの発展に大きく貢献した先人達と共通しているかもしれない。

彼らの一番の持ち味は、従来の「ターンテブリズム」とは明らかに違う自分達の持ち曲を、ライブでも完璧に再現(+リミックス)できる、というスクラッチDJとしてはネクストレベルなミュージシャンシップである。ターンテーブル・バンドNED HODDINGSのメンバーである2人が共同制作した”SCETCH BOOK”は、本人達の意図通り、スクラッチDJの新たな可能性を存分に示したと同時に、ターンテーブルが楽器であることを完璧に証明した作品だと言えるだろう。

ブックレット仕様になっているCDジャケットには、「今回は練習CD/LPであって、あくまでスクラッチだけでどれだけ色々な音楽が作れるかを証明する為の作品」と書かれている。驚くことに、全てのトラックを作曲するのに要した時間は、1曲あたり最大でわずか1日らしい。さらに、1曲ごとに使ったレコードの枚数と、その年代・ジャンルまで記されている。例えば、”SLOW DOWN EDGAR”は70年代のフュージョン、日本のフォーク音楽、アボリジニー音楽の3枚で、”JUNGLISTIC BEATS MAKE A NIGGA HYPERACTIVE”は70年代ソウル、80年代ニューウェーブ・インディーポップ、ペルシャのフォーク音楽、70年代のラテン音楽の4枚のみで作曲されていることを知ると、2人のDJとしてのセンスに感心させられてしまう。

29枚ものレコードが使われた”HAVE YOU EVER HEARD DR. STEYELLS FAHDAEZ? PART 1″は”SCETCH BOOK”のテーマを象徴するような曲だ。味のある8種類のビートで構成されているトラックは、70年代の実験的クラシック、漫画のサントラ、インドのポップ音楽から、70年代ソウル/ファンク、D-STYLESのバトルブレイクス等に加えて、今回では珍しく80、90年代のヒップホップまで、ありとあらゆるジャンルの音楽を融合させた傑作だ。「ドラムンベースじゃないレコードで作曲した」途中のドラムンベースのパートなどは、「スキルを証明するために作っただけ」にしてはカッコ良すぎる。

最後にギターのリフの2枚使いでクライマックスを迎えるグルーブ感たっぷりの”THE CLOUD ABOVE”や、同じく最後の綺麗なメロディーが耳に残る”SIMPLY ETERNAL”などは、今までの「ターンテーブリズム=バトルの延長」というイメージの図式の中には明らかに存在しなかったタイプの「感情」をもった音楽である。加えて、”COSMAPHONICPHONOFUNKTOPALIS”、”2MINUTES & 7POINT 857 SECONDS OF MEDITATION”等でも異次元なスクラッチ空間が演出されているし、逆に”THE BUDDHA FIGHTS, TOO”や、ロックな”IF YOU DON’T BREAK YOUR NECK, WE WILL”なんかは首を縦に振らされるアッパーなトラックだ。

打ち込んだビートの上にスクラッチを乗せる従来のスタイルではなく、ドラムとベースから楽器のソロまで全てがスクラッチで作曲されているこの音楽を、彼らがターンテーブリズムではなく「SCRATCH MUSIC」と呼んでいることはとても興味深い。使い古されたフレーズが連発するようなギミックはナシ、その一方で、特にRICCI RUCKERは挑戦的なB-BOYのメンタリティーを強く持っていることがわかる。アウトロの”IN OTHER WORDS, DON’T SLEEP…”には、彼らの「俺達の作品は何年か経った後に必ず評価されるはずだ」という強いメッセージが込められている。いずれにしても、このアルバムはターンテーブリズムを一つ上のレベルへ引き上げた作品であることに違いは無い。「スクラッチ・ミュージック」に新しい可能性を感じさせてくれる作品だ。

近い将来に、ステージ上でMCの後ろにDJが数人並んで、スクラッチのみでトラックを演奏するといった「リアル」ヒップホップが聴ける日がやってくるかもしれない。

(Ais Duke)