BUCK 65 “VERTEX”

BUCK 65。あらゆる作業を一人でこなす彼、ヒップホップ界のプリンスとでも言いたくなるアーティストだ。この”VERTEX”は、そんな彼のマルチな才能が完成をみた、一つの到達点。全体を貫く優れたプロダクションに、私/詩的なリリック、ストーリーテリングを通して見えてくる彼の内面。一人のヒップホップ・ジャンキーが作り上げた、紛れもない芸術作品が、ココにある。

ラッパーとしては、彼の癖の強いデリヴァリー、声に拒否反応を示す向きも多いことは予想できるが、それを持って彼を’弱いMC’と呼んでしまうのは、優れたリリシストとしての彼の姿を無視する事になる。

まずは”THE CENTAUR”が強力だ。アソコがでかい男の心の内を淡々と語った奇妙な傑作。「言いたい事は山ほどあるのに/アソコがでかすぎるせいで誰も聞いてくれない」。ヴァイオリン・ループも印象的だ。彼のプロダクションを聴けば、彼がどれほどサンプリングに拘っているかが分かると思うが、”DRIFTWOOD”では、その「掘り師の哲学」をライム。でも、彼にサンプルの事は聞かないほうが良い。「俺に”ドラムは何?”とか聞くんじゃない/お前には教えないか、嘘のレコードを売りつけるだけだ」。”JAWS OF LIFE”のドープなサックスもそんな一例。「赤ん坊が好きで、授賞式では涙を流す/…/ファイン・アートとJOHN GALLIANOのファン」と自らの事について語る”ON ALL FOURS”のギター・ストリングス、映画からのサンプルもドープ。”TO SAY THE VERY LEAST”では、ウェイトレスに対してのロマンス物語。「注文をしながら、それを書き留める君を見つめる/君がメニューに載っていたら、と願いながら」。BUCKが、女を漁る大学教授を演じる悲哀の物語”BACHELOR OF SCIENCE”も面白い。物語といえば、3つのパートに分けられた”THE BLUE”は、さながら野球中継。一曲につき3イニングづつ語られていくこの3部作は、彼のストーリーテリング・スキルの非凡さの一つの証明だ。ラスト”STYLE #386″は、アルバム中でも、最もキャッチーなドープ・チューン。

アルバムを通して思い知らされたのは、BUCK 65がラッパーとしてもプロデューサーとしても、一流だと言う単純な事実だ。全く隙の無いトラックの数々、斬新なライム/コンセプト、スクラッチは”味系”だが、ともかく、ドープとしか言いようのないアルバム。フレッシュなドラム・ブレイクが登場する度に、聴いた事も無いようなライムがキックされる度に、ヒップホップが好きでよかったと実感させてくれるアルバムだ。”ヒップホップはつまらない”とお思いの全てのリスナーへ、是非この作品を。