ATMOSPHERE “OVERCAST!”

ミネアポリスを代表するミュージシャンといえばPRINCEと呼ばれていた男だが、それもこのアルバムに出会うまでの話。このATMOSPHEREのフロントMCであるSLUG自らが率いるクルー/レーベルRHYMESAYERSのショウケース的カセット・アルバムシリーズ”HEADSHOTS”が評判を呼び、このアルバムの発表(97年)前から、既に地元ではかなりの人気を誇っていたと聞く。ATMOSPHEREは、そのSLUG、SPAWNの2MCに、DJ/プロデューサーANTを加えた3人組。正に衝撃のデビューアルバムだ。

SLUGの魅力は、感情を浮き上がらせる物語の語りの上手さ、引き出しの多いフロウ。センチメンタルですらある彼のライムが最高に魅力的なのは、声も含めた語り口の幅広さにある。そんな彼のリリシストぶりが最も分かりやすく提示されている”SCAPEGOAT”は、シンプルなピアノ・ループのトラックで、文字通りスケイプゴートを羅列してゆく傑作だ。「ゲームショウ、安い酒、クサ、虹模様のバンパーステッカー/天使、悪魔、神、白い悪魔/モニター・スピーカー、PA、クソなマイクの音量/…./だって、俺のせいじゃないんだ、クソッタレ、俺のせいじゃ….」。BEYONDをフィーチャーした”ADJUST”では、ヤクに溺れる友人をSLUGが説得する、感動的なストーリー。”WND”では、ステレオタイプなラッパー像を演じる事で、暴力的で無知なラッパーを皮肉ってみせる。「女を物扱いする事ぐらい分かってただろ?/俺はラッパーなんだぜ、女を馬鹿にするのが男ってモンだ」。”THE OUTERNET”では、ラッパーとして自らのキャリアだけでなく皆で結束してネットワックーを作るんだ、と言う決意をライム。「今の地点に到達するのに/人生を費やしてきたんだ」という一節に全てが凝縮されている。RAKIMの有名な一説を引用して、この広い世界/銀河の中での自らの存在意義を問う”CLAY”も素晴らしい。

軽い辺りでは、名刺代わりの”1597″で自分達が何者なのかを説明し、ベースがファンキーな”BRIEF DESCRIPTION”では自らのヒップホップ・ヒストリーを解説。「真のヘッズこそ真の音楽評論家だ」という”MULTIPLES”、D.I.T.C.全盛期のサウンドを彷彿とさせる”ODE TO THE MODERNMEN”等も、文句ナシにドープ。サイドMCのSPAWNはと言えば、女モノ”COMPLICATIONS”、ハープの音色が最高に美しい”SOUND IS VIBRATION”でのSLUGとの掛け合い等、歌詞の面でSLUG程の深みは求め得ないが、タイトなデリヴァリーなど、ナカナカだ。唯一のソロ”CAVED IN”も、トラックの雰囲気と実に良くマッチしていてタイト。

このアルバムを初めて聴いた時の反応は、おそらく皆同じだろう。つまり、”ミネアポリスにもこんなドープな連中がいたなんて!”という事。SPAWNには悪いが、やはりSLUGの素晴らしさは、こんなレビューでは語り尽くせない。最高のリリックとフロウを持ったMCが人知れず活動を続けていた訳で、心強い。ヒップホップの可能性はこういった連中が広げていってくれるだろう。